<   2018年 01月 ( 31 )   > この月の画像一覧

素人がホウボウを捌く

刺身用の少し大き目のホウボウが売られていたので買って来ました。
ホウボウは高級魚ですが小さ目のものは安く、大きくなるにつれ値段が張ります。
この大きさで680円は妥当なところ。
カナガシラとも良く似ていますが断面が三角の魚は三枚には下ろし難いものです。
それでも何とか出来ました。
刺身を皿にに盛った写真などはありませんが、捌く動画は用意しましたのでよろしかったらMoreよりご覧下さい。
f0290971_19183938.jpg

f0290971_19195284.jpg
f0290971_19201064.jpg




More 動画はこちらにあります。
[PR]
by sikisai03 | 2018-01-31 00:03 | たかが男の料理

 2018年初春の飛騨の里 14

 今回も旧西岡家の続きからです。
 二階の造りは先日の旧若山家と良く似ています。
 おそらく荘川、白川の合掌造りはみなこんなスタイルなのでしょう。
 養蚕をしていたと言うことでそれが主な産業だったようです。
 二階の床はすのこのように開いていますが、
 これは下で焚く囲炉裏の煙を二階部分に上げて、
 柱や天井に煤を付けて丈夫にした生活の知恵なのでしょう。
f0290971_4473748.jpg

      ↑ 二階から見下ろした囲炉裏のある居間
 
f0290971_4474857.jpg

      ↑ 二階の一部は床が張ってありません。

f0290971_4475842.jpg

      ↑ 窓から外の風景
 
f0290971_448990.jpg

      ↑ 干し柿が干してありました。

f0290971_448212.jpg

      ↑ 西岡家を出て少し登ってみます。
 
f0290971_4483263.jpg

      ↑ 火の見櫓です。
 
f0290971_4484121.jpg

      ↑ そして大きな石を刳り抜いて作った野壷(肥溜め)で国指定の重要民俗文化財だそうです。


 
[PR]
by sikisai03 | 2018-01-30 00:03 | 飛騨からのあれこれ

 2018年初春の飛騨の里 13

 五阿弥池の正面に見えていた大きな合掌造りの旧西岡家を覗いてみましょう。
 飛騨の里のメインとも言える場所にある合掌造りなのでここを観ない人はまず居ないと思います。
 旧西岡家は白川郷加須良に有ったお寺の庫裏と言うことですが、
 加須良集落は御母衣ダムの建設とは関係なく、
 時代の流れと共に離村して今はだれも住んでいないようです。
 移築前の写真がありますが廃墟のようになっていますね。
 それを良くここまできれいにして移築したものと感心します。
f0290971_4451478.jpg

      ↑ 旧西岡家です。

f0290971_4453068.jpg

f0290971_4454086.jpg

      ↑ 移築前の貴重な写真
 
f0290971_4455286.jpg

      ↑ 玄関入って直ぐの部屋には大きなタコが飾ってありました。
 
f0290971_446327.jpg

      ↑ ここも磨かれて黒光りする板の間
 
f0290971_446133.jpg

      ↑ 奥の囲炉裏の部屋
 
f0290971_4462322.jpg

      ↑ 二階は養蚕をしていたようです。



 
[PR]
by sikisai03 | 2018-01-29 00:03 | 飛騨からのあれこれ

 My 包丁

 何時か私が使っている包丁を紹介しようと思っていたのですがすっかり忘れてしまっていました。
 今回砥いだ時にふと思い出し、記事にすることに・・・
 この他にもいくつか持っていますが最近メインで働いてくれているのはこの4本です。
 もちろん職人ではないので高価なものは1本もありません。
 左から堺の刺身包丁、ニトリで買った「お値段以上(笑)」の出刃、関の孫六の牛刀、
 そして右端はメーカーも分からないペティナイフ、
 でもこのペティナイフは良く切れるので一番出番が多いです。
f0290971_4391799.jpg
 
[PR]
by sikisai03 | 2018-01-28 00:03 | たかが男の料理

 2018年初春の飛騨の里 12

 今回は八月一日家を出て蒸篭(セイロ)の前を通って旧前田家へと向かいましょう。
 セイロ倉は米倉ですが、角材を校倉方式のように積み重ねて壁が造られています。
 奈良時代の頃は京や奈良へ出かけて腕をふるった飛騨の匠ならではの土地なので、
 田舎であってもこのような倉も造られたのでしょう。
 旧前田家は新穂高への入り口にある山村の建物でしたが、
 高山市内でも見られるような造りと思ったら高山の大工が建てた家でした。
f0290971_6123281.jpg

      ↑ 旧八月一日家の前から五阿弥池方面の眺めです。
 
f0290971_6124232.jpg

      ↑ 蒸篭(セイロ)倉です。

f0290971_6125236.jpg

      ↑ 蒸篭のように角材を積み上げた壁が隅を見ることで解りますね。

f0290971_613364.jpg

      ↑ 旧前田家
 
f0290971_6131388.jpg

f0290971_6132360.jpg

      ↑ 旧前田家の縁側
 
f0290971_6133354.jpg

      ↑ ここの居間は畳敷きになっています。
[PR]
by sikisai03 | 2018-01-27 00:03 | 飛騨からのあれこれ

 2018年初春の飛騨の里 11

 旧田口家を後にして次に向かうのは旧八月一日家です、
 八月一日と書いて「ほづみ」と呼ぶことはこのブログをご覧になっているかたであればご存知と思います。
 では、何故八月一日を「ほづみ」と言うかですが、旧暦の八月一日は新暦の九月十日頃で、
 飛騨地方ではこの時期になると粟や稗などの穂が実り収穫したことから「穂積」と呼ばれるようになったとのことです。
 この茅葺屋根は何故か温かみがあり昔話に出てくるようで私の好きな家屋の一つです。
 中には橇のコレクションがあり、色々展示してあります。 
f0290971_68212.jpg

f0290971_681471.jpg

      ↑ 旧八月一日家の横からの眺めです。

f0290971_682550.jpg

      ↑  この屋根の形が何とも言えませんね。

f0290971_683736.jpg

      ↑ 縁側に早速橇が展示してあります。
 
f0290971_685046.jpg

      ↑ さて中へ入ってみましょう。
 
f0290971_69673.jpg

      ↑ ちょうど今頃雪深き中を材木を積んで運ぶ手ぞりです。

f0290971_691766.jpg

      ↑ 左には巨石を運ぶ橇も見られます。

f0290971_693279.jpg

      ↑ この家の囲炉裏は腰掛になっていて他とは違いますね。 
[PR]
by sikisai03 | 2018-01-26 00:03 | 飛騨からのあれこれ

 饅頭の天ぷら

 おそらく饅頭を天ぷらに揚げて食べるのは飛騨くらいなものでしょうか。
 以前にも一度この話題に触れたことがあったと思いますが、
 高山では祭りの時のご馳走にこの天ぷら饅頭が加わることがあります。
 ただ歴史は新しく、私の子供の頃にはありませんでした。
 紅白の饅頭を衣を付けて油で揚げただけのもので、揚げたあんパンのようなものです。
 最近では祭りの時だけではなく年中スーパーで見かけます。
f0290971_1971738.jpg

f0290971_1972750.jpg

f0290971_19737100.jpg

[PR]
by sikisai03 | 2018-01-25 00:03 | 飛騨からのあれこれ

 2018年初春の飛騨の里 10

 次に向かったのは旧田口家、この家は益田郡金山町に在りました。
 飛騨も南の端なので雪も少ないからでしょう屋根の勾配も北の地域より緩やかです。
 そしてこの家はとても大きな家です。
 集会場も兼ねていたと言うことですから今の公民館のようなものです。
 磨き抜かれた板の間の黒光りが重厚な印象を与えてくれますね。 
f0290971_6554519.jpg

      ↑ 横から見た旧田口家

f0290971_6555552.jpg

f0290971_65671.jpg

      ↑ 正面の佇まい
f0290971_6562791.jpg

      ↑ 簡易郵便局も兼ねていたようです。

f0290971_656388.jpg

      ↑ 上がりたてと土間

f0290971_6565019.jpg

      ↑ ここは広いので集会場に使っていたのでしょうか・・・

f0290971_657190.jpg

      ↑ 縁側は剥き出しです。
[PR]
by sikisai03 | 2018-01-24 00:03 | 飛騨からのあれこれ

 2018年初春の飛騨の里 9

 遅くなりましたがここで飛騨の里の案内図を挿んでおきましょう。
 今まで観て来た所、これから行く所が判るかと思います。
 尚、今は左上の現在地の印の場所に居ます。
f0290971_652226.jpg

 (案内図のサイズは大きくしてありますので見難かったらクリックして下さい)

 さて今回は合掌造りの旧若山家を後にして飛騨の里の一番奥のゾーンへ向かいます。
 ここには杣小屋と炭焼き小屋があり、木の国飛騨の産業として栄えた炭焼きや木挽の様子を窺い知ることが出来ます。
 
 また次いで見学する旧太野家は阿多野郷村に在った家で、阿多野と言えば飛騨でも更に山奥、
 米作が出来ない土地なので産業と言えば林業くらいでした。

f0290971_6524863.jpg

      ↑ 木挽小屋の様子

f0290971_6525997.jpg

      ↑ 奥には炭焼き小屋があります。

f0290971_6531470.jpg

      ↑ 旧の大野家、飛騨には珍しい妻入りの建築様式です。

f0290971_6534042.jpg

f0290971_6535255.jpg

      ↑ 奥の間、大きな木挽鋸がありますが、これは板を挽くものですね。

f0290971_654449.jpg

      ↑ 囲炉裏のある居間

f0290971_6541933.jpg

      ↑ ここにも小さいですが花餅が飾ってありました。
[PR]
by sikisai03 | 2018-01-23 00:03 | 飛騨からのあれこれ

 何時もの風景(寒中)

 年始早々に記事にした時の風景とそんなに変わりは無いですが段々夜明けが早くなって来ました。
 それと日増しに日差しも強くなって行くのが分かりますね。
 道路はまだまだ冬の凍結したままで特に朝晩は滑りやすいです。

 「♪朝はどこから 来るかしらあの空越えて 雲越えて光の国から 来るかしら・・・」
 お馴染みの「朝はどこから」と言う童謡ですが、この里では乗鞍の向こうからやって来ます。
f0290971_492738.jpg

f0290971_493781.jpg

f0290971_49494.jpg

f0290971_410086.jpg

[PR]
by sikisai03 | 2018-01-22 00:03 | 何時もの風景