カテゴリ:飛騨からのあれこれ( 267 )

 2018年初春の飛騨の里 13

 五阿弥池の正面に見えていた大きな合掌造りの旧西岡家を覗いてみましょう。
 飛騨の里のメインとも言える場所にある合掌造りなのでここを観ない人はまず居ないと思います。
 旧西岡家は白川郷加須良に有ったお寺の庫裏と言うことですが、
 加須良集落は御母衣ダムの建設とは関係なく、
 時代の流れと共に離村して今はだれも住んでいないようです。
 移築前の写真がありますが廃墟のようになっていますね。
 それを良くここまできれいにして移築したものと感心します。
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      ↑ 旧西岡家です。

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      ↑ 移築前の貴重な写真
 
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      ↑ 玄関入って直ぐの部屋には大きなタコが飾ってありました。
 
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      ↑ ここも磨かれて黒光りする板の間
 
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      ↑ 奥の囲炉裏の部屋
 
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      ↑ 二階は養蚕をしていたようです。



 
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by sikisai03 | 2018-01-29 00:03 | 飛騨からのあれこれ | Comments(8)

 2018年初春の飛騨の里 12

 今回は八月一日家を出て蒸篭(セイロ)の前を通って旧前田家へと向かいましょう。
 セイロ倉は米倉ですが、角材を校倉方式のように積み重ねて壁が造られています。
 奈良時代の頃は京や奈良へ出かけて腕をふるった飛騨の匠ならではの土地なので、
 田舎であってもこのような倉も造られたのでしょう。
 旧前田家は新穂高への入り口にある山村の建物でしたが、
 高山市内でも見られるような造りと思ったら高山の大工が建てた家でした。
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      ↑ 旧八月一日家の前から五阿弥池方面の眺めです。
 
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      ↑ 蒸篭(セイロ)倉です。

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      ↑ 蒸篭のように角材を積み上げた壁が隅を見ることで解りますね。

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      ↑ 旧前田家
 
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      ↑ 旧前田家の縁側
 
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      ↑ ここの居間は畳敷きになっています。
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by sikisai03 | 2018-01-27 00:03 | 飛騨からのあれこれ | Comments(8)

 2018年初春の飛騨の里 11

 旧田口家を後にして次に向かうのは旧八月一日家です、
 八月一日と書いて「ほづみ」と呼ぶことはこのブログをご覧になっているかたであればご存知と思います。
 では、何故八月一日を「ほづみ」と言うかですが、旧暦の八月一日は新暦の九月十日頃で、
 飛騨地方ではこの時期になると粟や稗などの穂が実り収穫したことから「穂積」と呼ばれるようになったとのことです。
 この茅葺屋根は何故か温かみがあり昔話に出てくるようで私の好きな家屋の一つです。
 中には橇のコレクションがあり、色々展示してあります。 
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      ↑ 旧八月一日家の横からの眺めです。

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      ↑  この屋根の形が何とも言えませんね。

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      ↑ 縁側に早速橇が展示してあります。
 
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      ↑ さて中へ入ってみましょう。
 
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      ↑ ちょうど今頃雪深き中を材木を積んで運ぶ手ぞりです。

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      ↑ 左には巨石を運ぶ橇も見られます。

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      ↑ この家の囲炉裏は腰掛になっていて他とは違いますね。 
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by sikisai03 | 2018-01-26 00:03 | 飛騨からのあれこれ | Comments(10)

 饅頭の天ぷら

 おそらく饅頭を天ぷらに揚げて食べるのは飛騨くらいなものでしょうか。
 以前にも一度この話題に触れたことがあったと思いますが、
 高山では祭りの時のご馳走にこの天ぷら饅頭が加わることがあります。
 ただ歴史は新しく、私の子供の頃にはありませんでした。
 紅白の饅頭を衣を付けて油で揚げただけのもので、揚げたあんパンのようなものです。
 最近では祭りの時だけではなく年中スーパーで見かけます。
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by sikisai03 | 2018-01-25 00:03 | 飛騨からのあれこれ | Comments(10)

 2018年初春の飛騨の里 10

 次に向かったのは旧田口家、この家は益田郡金山町に在りました。
 飛騨も南の端なので雪も少ないからでしょう屋根の勾配も北の地域より緩やかです。
 そしてこの家はとても大きな家です。
 集会場も兼ねていたと言うことですから今の公民館のようなものです。
 磨き抜かれた板の間の黒光りが重厚な印象を与えてくれますね。 
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      ↑ 横から見た旧田口家

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      ↑ 正面の佇まい
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      ↑ 簡易郵便局も兼ねていたようです。

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      ↑ 上がりたてと土間

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      ↑ ここは広いので集会場に使っていたのでしょうか・・・

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      ↑ 縁側は剥き出しです。
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by sikisai03 | 2018-01-24 00:03 | 飛騨からのあれこれ | Comments(6)

 2018年初春の飛騨の里 9

 遅くなりましたがここで飛騨の里の案内図を挿んでおきましょう。
 今まで観て来た所、これから行く所が判るかと思います。
 尚、今は左上の現在地の印の場所に居ます。
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 (案内図のサイズは大きくしてありますので見難かったらクリックして下さい)

 さて今回は合掌造りの旧若山家を後にして飛騨の里の一番奥のゾーンへ向かいます。
 ここには杣小屋と炭焼き小屋があり、木の国飛騨の産業として栄えた炭焼きや木挽の様子を窺い知ることが出来ます。
 
 また次いで見学する旧太野家は阿多野郷村に在った家で、阿多野と言えば飛騨でも更に山奥、
 米作が出来ない土地なので産業と言えば林業くらいでした。

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      ↑ 木挽小屋の様子

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      ↑ 奥には炭焼き小屋があります。

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      ↑ 旧の大野家、飛騨には珍しい妻入りの建築様式です。

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      ↑ 奥の間、大きな木挽鋸がありますが、これは板を挽くものですね。

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      ↑ 囲炉裏のある居間

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      ↑ ここにも小さいですが花餅が飾ってありました。
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by sikisai03 | 2018-01-23 00:03 | 飛騨からのあれこれ | Comments(10)

 2018年初春の飛騨の里 8

 合掌造りの家の内部は1階部分だけ造作が施されてしっかりとした部屋があるものの、
 2階以上は剥き出しとなっているので屋根の内部構造が良く解ります。
 柱を組むにも釘などの金具は一切使わず、縄やネソと呼ばれるマンサクの若木で縛ってあります。
 それは豪雪地帯なので雪の重みで柱が折れることの無いように、柔軟性を持たせてあるためと言われています。
 自然環境に良く合った建物と感心しますが、そんなところも世界遺産として評価されたのでしょう。
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      ↑ 北側から見た旧若山家の全景です。

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      ↑ 2階の板の間も手入れしてあり黒光りしています。

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      ↑ 合掌造りの2階では養蚕をしていたのでしょう。

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      ↑ 屋根裏が剥き出しなので屋根を葺くための色々な工夫が見て取れます。

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      ↑ 太い柱を組む時も釘などは使わず、ネソ(マンサクの若木)や藁縄などを使っています。

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      ↑ 3階への階段は天井まで届く叉首(サス)の1本を利用したキザハシ(階段)と言って溝を切った1本の柱です。

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      ↑ 西側の全景です。
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by sikisai03 | 2018-01-21 00:03 | 飛騨からのあれこれ | Comments(8)

 2018年初春の飛騨の里 7

 ここまで見て来た家屋の2軒はは板屋根でしたがこの旧若山家は茅葺きの合掌造りです。
 白川村に近い旧荘川村下滝に建っていた民家で御母衣ダムの建設によって水没することとなり、
 飛騨の里の前身の飛騨民俗村(現位置より1.5kmほど東方)に移築され、
 更に現位置に再度移築されてそれが飛騨の里の基となりました。
 内部も見所がたくさんあるので写真も多く、今回と次回はこの若山家の紹介です。
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      ↑ 屋根の茅も古くなって来たのか苔が生しています。

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      ↑ 旧若山家の全景です。

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      ↑ 囲炉裏のある脇には正月の花餅が飾ってありました。

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      ↑ そして天井には松飾りも、これも昔は正月を迎えると飾りました。

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      ↑ シーソー型の人力の臼です。

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      ↑ 二階への階段から見た奥の部屋の囲炉裏

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      ↑ 縁側にはミニチュアの合掌造りが展示してあります。
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by sikisai03 | 2018-01-20 00:03 | 飛騨からのあれこれ | Comments(12)

 2018年初春の飛騨の里 6

 石器時代から徐々に昔の人々は生活のための定住住居を造るようになり、
 それを少しずつ住み良い環境へと改良を重ねて現在の形になりました。
 今では見られなくなった昔の家を訪ねて先人の面影を偲ぶのも偶には良いですね。
 旧中薮家も飛騨の山村の家、高山市内からそう遠く離れている訳では無い場所に在りましたが、
 その生活様式は市内の町屋とは大きく違うものがありました。
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      ↑ 板葺き屋根用の榑を保存しておく榑小屋

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      ↑ これから行く旧中薮家です。

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      ↑ 旧中薮家の玄関

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      ↑ 前の2軒と同じような内部の佇まいです。

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      ↑ ここも囲炉裏は土間ですね。

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      ↑ 飼っている牛馬も家族の一員、同じ建物を仕切って飼育小屋があります。
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by sikisai03 | 2018-01-18 00:03 | 飛騨からのあれこれ | Comments(12)

 2018年初春の飛騨の里 5

 順路に沿って五阿弥池の一周コースから外れて外周のコースへと移ります。
 ここからは飛騨の山村の民家が移築されています。
 今回はハサ小屋から旧田中家と見て周りましょう。
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      ↑ ハサ(稲架)小屋の向こうは旧西岡家です。

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      ↑ 次に見学する旧田中家です。

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      ↑ 釣瓶井戸

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      ↑ 旧田中家の玄関

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      ↑ ここの囲炉裏は土間に切ってあります。

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      ↑ 奥の作業場、ここで夜なべ仕事をしたのですね。
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by sikisai03 | 2018-01-17 00:03 | 飛騨からのあれこれ | Comments(8)