初冬の飛騨の里 Ⅸ

 今回の飛騨の里シリーズは細かく見て回っていますので、記事の回数も多くなってしまいました。
 まだまだ先がありますが、是非ご覧になって下さい。
 行かれた方はもとより、まだ行ったことのない方は一通り目を通すと「飛騨の里通」になれますよ。
 と言う訳で今回は田口家を紹介したいと思います。
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    ↑ 飛騨南部の下呂町に在った田口家で大きな家です。

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    ↑ 田口家は庄屋を務めていたとのこと、村民の会合などにも使われたのでしょう、充分な広さがありますね。

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    ↑ 此処にも民具が展示してあります。

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    ↑ 土間越しに玄関を見たところです。

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    ↑ 外へ出てみましょう。

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    ↑ 外の祠には恵比寿天が祀られています。

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    ↑ 恵比須様に付いて色々書いてあります。




 
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by sikisai03 | 2015-12-23 00:03 | 飛騨からのあれこれ | Comments(8)
Commented by ばんば at 2015-12-23 08:26 x
ま~なんと立派な住宅!
これだけの家を持たれていたということはかなりのお方だったのですね。
あ・・読み進んで・・・庄屋さんだったのか~とわかりました^^;
ここも確かに訪れたのですが、こうして紹介していただくとあ~こんな風だったと改めて思い出されます。
先が楽しみです。
Commented by yassy127 at 2015-12-23 15:05
なぜか懐かしいなぁと思ったら昔このような造りの家を見たことがある気がします。
縁側の外にガラス戸などはめるようになったのはずっと最近になってからのことなのでしょうね。
倉敷にも井上家という家を修理改築していますがこのような土間があります。
家の奥へ入るに従って暗くなります。
昼間でも暗いので、作業能率は悪かったことでしょう。
庄屋さんというのは大きなお屋敷が多いですね。
Commented by sikisai03 at 2015-12-23 18:30
ばんばさん、こんばんは。
庄屋の家は何処も大きいですが、この家は特に中が広いですね。
村の会合や婚礼なども行われたのでしょう。
何処となく近代的な民家なので合掌造りのような印象は無いですが、
その辺りが記憶に薄いところなのではないでしょうか?
Commented by sikisai03 at 2015-12-23 18:30
yassy127さん、こんばんは。
全体の佇まいは私たちが知っている昔の民家と言った感じですね。
ガラス戸が嵌められるようになったのは、
大正の後期か昭和に入ってからだったのではないでしょうか・・・
広く大きな家では奥の座敷などは薄暗かったですね。
夏の昼間で有ればまだしも、冬や夕暮れだと細かな字も読めなかったかも知れません。
蝋燭や行燈位しか灯りも無い時代ですから夜なべ仕事も大変っだったでしょうね。
Commented by honokanikaorujp at 2015-12-23 23:07
今晩は~
凄い太い柱にびっくりですね~
庄屋さんなので村人の寄り合い場所にも成っていて
これは何畳くらいあるのでしょうね 広いですね~
今で言うリビングダイニングってとこでしょうか
敷地内の恵比寿さまの祠にはついつい手を合わせたくなりますね
佐賀県も沢山の恵比寿様が家の傍に置かれています
佐賀弁では えべっさん って言ってますよ^0^
民具が展示されてたんですね 一番左の壺みたいな瓶みたいなものは
お酒の樽でしょうか どこかで見かけているのですが
上の口がとても小さいですね~ お酒でしょうね~?
Commented by youshow882hh at 2015-12-23 23:10
こんばんは。 ゆーしょーです。
飛騨の里にはたくさんの旧家が移築されていますが、
この田口家は一番広いのではないでしょうか。
339平方メートル、坪にして103坪ですからそれは広いです。
和歌山市の東端に大庄屋だった家がありますが、同じような広さがあります。
ほかには、茅葺の三階建ての大きい家があったように思うのですが。
Commented by sikisai03 at 2015-12-24 05:24
李音さん、おはようございます。
昔の家は柱や梁がが太いですね。
特に飛騨北部は豪雪地帯なので雪の重みに耐えられるようかなり太い材が使われています。
今はこんな太い柱は珍しいですね。
部屋は一間が15畳から20畳位はありそうです。
金山町は飛騨でも南の端で温かいですから板の間の座敷と上がり立ての間に障子戸が無いですが、
このような場合は仕切りに大きな衝立を立てたものです。
奥の間の障子戸開けてあるので余計に広く見えますね。
恵比須様は飛騨では「えびすさま」と言います。
関西も主に大阪では「えべっさん」ですね。
飛騨は関西の影響は受けていますが、九州の方が余計に受けているようですね。
壺は味噌でも入れていたのでしょうかね、石で造られていました。
Commented by sikisai03 at 2015-12-24 05:24
ゆーしょーさん、おはようございます。
田口家は平屋ですから一階の面積は広いですね。
今の住宅は建坪が50坪ほどが普通なので倍の広さがあると言うことね。
庄屋の家は何かと使われることが多く、
それに少しは見栄もあったのでしょう造りもしっかりしていますね。
三階建ての合掌造りは2軒移築されていて、前々回の若山家と次回の西岡家です。
またご覧になって下さい。

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