初冬の飛騨の里 Ⅷ

 若山家を出てお決まりのコースを外れて西の小川を渡った所まで来ました。
 この小川の上流には木挽き小屋や炭焼き小屋があるので今回はそちらを回ってみましょう。
 木挽き小屋は伐り出した大きな材木を縦割りに板に挽く作業をする所です。
 その工程が良く判るように切りかけの材木の展示もしてあります。
 また次に訪ねた大野家は野麦の集落にあった民家で、女工たちが通った野麦峠の麓にあった家です。
 拭き磨かれた板の間が長い歴史を感じさせてくれます。
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    ↑ 木挽き小屋、大野家への道標。

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    ↑ 左に木挽き小屋、右奥が炭焼き小屋です。

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    ↑ 木挽き小屋です。

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    ↑ 次は大野家へ向かってみましょう。

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    ↑ ここも囲炉裏の部屋は板の間でした。畳は山間部の民家では貴重だったのですね。

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    ↑ 床や戸棚など拭き色がきれいです。
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by sikisai03 | 2015-12-21 00:03 | 飛騨からのあれこれ | Comments(12)
Commented by ばんば at 2015-12-21 08:42 x
磨きこまれた床が美しいですね~!
ばんばんちの床とは比べ物にならない・・・あら恥ずかしや・・・^^;
囲炉裏の火、懐かしいです・・・
昔祖父母の家に行くと囲炉裏があって、こうして薪がくべられていました。
Commented by youshow882hh at 2015-12-21 10:54
おはようございます。ゆーしょーです。
昔は畳の部屋が少なく、ほとんど板の間ですね。
それに素足で生活していますね。
足が冷たくないのかといつも思います。
Commented by honokanikaorujp at 2015-12-21 12:39
こんにちは~こういうところは私もワクワクする場所です
写真だけでも気持ちが高まっていますよ^0^
木挽き小屋には仕事の様子が展示してあるので素人には分かりやすいですね
炭焼き小屋はうちの親戚にも有るんですが見に行った事が有りません
山奥にあるから一人では入山禁止です(笑)
大野家は野麦峠の麓にですか 家具や板張りの床階段などが囲炉裏の煙で
燻されて良い光沢になっていますね。
なんだかタイムマシンでその昔に舞い込んだみたいな錯覚を感じます。
とっても素晴らしい記事です 有難う御座いました。続きが楽しみ^0^
Commented by yassy127 at 2015-12-21 12:52
sikisai03さんに笑われそうですが、妻入り建築という意味を今初めて知りました。
なるほど妻に玄関がついているのですね。
最近は平入りでも玄関部分だけ妻の形にしたりしているのがありますね。
わが家は四角形の屋根ですので何と呼ぶのやら。
大野家は屋根が切り立っていませんね。雪が少ないのですか。
屋根の材質が違うのでこのような形になるのですか。
明治といえば近代化されるころなので建築様式も変わって来たのでしょうか。
Commented by sikisai03 at 2015-12-21 18:24
ばんばさん、こんばんは。
昔の人は忙しかったにも拘わらず拭き掃除は丁寧にされたのですね。
この色はかなりの年数が経った色ですね。
今は塗料が良いので拭き色も簡単に出ますが、
それだけ主婦の仕事が暇になったと言うことも無いですね。
Commented by sikisai03 at 2015-12-21 18:24
ゆーしょーさん、こんばんは。
畳があるのは座敷か寝床位なものでしたね。
居間になる囲炉裏の部屋は板の間でした。
私たちが子供の頃になってようやく畳の部屋ばかりになったような気がします。
板の間に慣れていたのであまり寒く葉は感じなかったのでしょうね。
Commented by sikisai03 at 2015-12-21 18:24
李音さん、こんばんは。
そうですか、ワクワク感をお届け出来て嬉しいです。
李音さんは細かな所まで見て頂けるので記事をアップするのに張合いがありますよ。
山奥の炭焼き小屋は何故入山禁止なのでしょうか?
女人禁制かな?(^^;)
こうした古い施設に居ると遠い昔に居るようですね。
このシリーズ年内続く予定です。
Commented by sikisai03 at 2015-12-21 18:24
yassy127さん、こんばんは。
妻入りの玄関そのものが珍しいのでご存知なくても当たり前かと思います。
私もそう書いてあるのを読むまで気付きませんでしたから・・・
そう言えばと色々な建築を改めて見て、存在に気付いた次第です。
大野家は野麦街道の野麦の集落の直ぐ手前にあります阿多野郷に在ったようで、
あの辺りは高山市の市街地より雪が少ないです。
それで案外屋根の勾配も緩いのでしょうね。
Commented by pikorin77jp at 2015-12-21 19:28
こんばんは。
なんだか 今でもここに 生活があるように錯覚してしまいます。何故でしょう、、、
囲炉裏の煙のせいでしょうか、、、黒光りする 床のせいでしょうか。
どこかに 温もりを感じます。
Commented by sikisai03 at 2015-12-21 19:40
pikorin77jpさん、こんばんは。
こうして無人のようでも電灯が点いていて囲炉裏に火があると生活感がありますね。
この飛騨の里を訪れる観光客の中には囲炉裏端に座って暫し休憩される方も見られます。
おそらく遠い昔の想いに耽っておられるのでしょうね。
Commented by Meri-koenji at 2015-12-21 22:22
わ~!!「次は大野家へ向かってみましょう」の1枚、風情があって素敵です(^∇^)そして「しけものびや」って初めて知りました。それ用、の部屋があるのはそちらでは当然なのでしょうか?気温が安定しているなど、適性のあるお部屋なのかしら。

野麦峠(ちゃんと読んでいませんが。汗)ありましたねぇ。試しに打ってみたらキーボードで「ジョコウ」変換が出ませんでした。時代が変わったということなのでしょうね(u_u)...
Commented by sikisai03 at 2015-12-22 06:35
Meri-koenjiさん、おはようございます。
飛騨の方言で漬物部屋を「しけものびや」と呼ぶのはこの地域だけかと思いますが、
地豆(じまめ)を「じーまみ」と言う沖縄に似ています(^^)v
冬でも家中を暖房しなくて囲炉裏の火と炬燵くらいだったので家全体は寒く、
漬物も家の中に置いたのでしょうね。今は戸外ですが・・・

女工は私のパソコンでは変換されますよちなみにIMEですが・・・
でも他に誤変換が多く困ります (~_~;)
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